8月10日(水)夜10時30分に東京を出発して
まずは岩手県釜石市を目指した。夜が明けて
6時過ぎに釜石に到着。自分の目で初めて見る津波の爪痕。
なんも言えねー。
釜石をぐるりと見たあと大槌町へ。町丸ごと更地になってた。
大槌町を北端としてここから国道45号線をひたすら南下。
再び釜石を通って、大船渡、陸前高田、気仙沼、南三陸町で一泊。
陸前高田は町の大きさもあって被害の甚大さが半端じゃなかった。
この日もゾクゾクと陸前高田入りしていた警察機動隊の皆さんの車両から見える横顔が皆一様に青ざめていたのが印象的だった。
自動車がまったく識別不能になるくらいグチャグチャの鉄クズになってるってどういうこと?
気仙沼は、今もなお生傷。他の被災地が瘡蓋になっているのに比べるとここは完全に進行形。
南三陸町はあの大川小学校があるところ。慰霊碑とともに献花台が設置してあって、毎日参拝者が絶えない。私もお線香上げさせてもらいました。
しかしそのまわりでは、淡々と瓦礫の撤去作業が続いている。
一夜明けて、石巻、東松島、塩釜へ。
宮城県に入ると信号がまだ使えてないところが多いことに気づく。
東松島は航空自衛隊基地があるところ。基地の近くにわりと広い遺体安置所があって検死の作業が現在進行形で続けられている様子が伺えた。
日本三大名所の松島は、それなりに観光客が戻っているようで観光地の活気がありホッと嬉しくなった。
そして塩釜へ。ここはだいぶ復旧が進んでいる印象。おいしく海鮮丼をいただいて帰路に着く。
8月12日午後6時、東京着。
所要時間44時間、全行程1370キロメートルを走破して無事帰宅。
車は無舗装の道路走行と瓦礫処理の影響で、埃まみれになっている。